オーバートレーニング症候群は,競技スポーツが盛んになり,競争が厳しくなってトレーニングに熱が入るようになった頃から多くなったように思われる。一般にも注目されるようになったのは,某J1サッカー選手が同症候群に陥ったとのスポーツ記事からであろう。これを契機に多くのスポーツ関係者が,オーバートレーニング症候群に注目し,コンディショニングに注意を払うようになってきたようである。 今回は,その診断と治療が難しいとされるオーバートレーニング症候群について概説し,次いでわれわれの経験から診断治療に有用であったCPX(cardiopulmonary exercise test)での経験について述べる。
オーバートレーニング症候群とは,過剰なトレーニングの繰り返しでパフォーマンスが低下し,容易に快復しなくなった慢性疲労状態と定義されている。パフォーマンスの低下は容易に改善されず、その回復には数週間から,重症例では数ヶ月かかるとされている。
原因論的には,“トレーニングの基本原則を無視してオーバーなトレーニングを続け,トレーニングによる負荷とその回復過程にミスマッチが生じた結果である”といえる。トレーニングの原理は、過負荷(オーバーロード)の原理に基づいている。負荷をかけた後の回復過程の超回復期を利用して次の負荷をかけ,これを繰り返すことにより十分なトレーニング効果を得るのである(図Ⅶ-5b)。しかし回復過程を無視して不十分な回復状態のまま次のトレーニングを繰り返すと逆効果になり,引いてはオーバートレーニング症候群になってしまう(図Ⅶ-5c)。
a:トレーニングの間隔が開きすぎて効果があがらない。
b:超回復期に次のトレーニングが繰り返され効果が出ている。
c:不十分な回復状態でトレーニングが繰り返されて逆効果。
軽 症 | 日常生活では症状はなく,ジョギング程度でもなんでもないが,スピードが上がるとついていけない(パフォーマンスの低下) |
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中等症 | ジョギング程度の軽いトレーニングでもややつらく,日常生活でも症状がある。日常生活の症状としては,疲労感,立ちくらみが主だが,まれに胸痛,下痢などの身体症状もみられる |
重 症 | ジョギング程度でもつらくほとんどトレーニングはできない状態で,日常生活での疲労症状が強い。不眠が必発で心理テストで抑うつ状態がみられる |
表Ⅶ-7に示すように,軽症,中等症,重症に大別できる。軽症ではパフォーマンスの低下がみられるのみであるが,進行するにつれてトレーニングすればするほどパフォーマンスは低下し,ついには安静時にも疲労感が残るなど症状が悪化する。軽症では,骨格筋-毛細血管系(過度のオーバーロードに曝された)を中心とした機能低下(回復に時間を要す)が主と考えられるが,進行するにつれて器質的障害も加わると推定される。さらに進むと全身の諸器官に悪影響が及び症状が多彩となる。
骨格筋-毛細血管系の機能低下とは,運動中の骨格筋での酸素を利用したエネルギー代謝の効率の悪化であり,活性酸素障害も予想される。また骨格筋の毛細血管系では血管内皮系などの機能低下や障害が予想される。早く息が上がる,動悸がする,めまいがする,疲労が抜けにくい,などはこれによるものと思われる。
さらに進行すると貧血や風邪などを引きやすい(免疫機能の低下),精神状態の不安定(不眠,抑うつ状態),立ちくらみ(自律神経系の失調),内分泌系の障害など多彩な症状がみられるようになる。
歴史的には,その症状からバセドウ病型とアジソン病型の2つのタイプに分類されてきたが,実際的ではなく現場の混乱を招きやすいといわれている。筆者も同感であり,あまりこの分類にこだわらないほうがよい。
一応この2つのタイプについて概説すると,バセドウ病的(交感性)タイプは繰り返されたオーバーロードに対して交感系の機能をフルに活用化させて対処しようとしているが,対応しきれない状態にあるものをいう。体は興奮状態にあり心拍数も多い。アジソン病的(副交感性)タイプは,前者の対応しきれない状況が長く続いて,ついに副交感系機能が優位となった状態である。抑うつ的で心拍数は多くない。
筆者は一般論として次のように考えている。高い強度のトレーニングの割合が多いほど前者のパターンになりやすい。LSD(long,slow,distance)的トレーニングでは,初期に前者の状態となってもその程度は軽く,これが長引くと後者のパターンとなる。
競争が激化するスポーツ界では,強くなりたいと思うあまりに,負荷の強いトレーニングや長時間のトレーニングを繰り返してしまいがちである。これがオーバートレーニング症候群の原因であるが,競争が激化している現場ではできるだけ多くのトレーニングを効果的に行い強くなりたいという願いがあるのも事実である。この現実にしっかり対応するには,負荷をかけた後の回復過程をしっかり把握できるようにすること(回復状況の把握)が大切となろう。しかしながらこのトレーニング後の回復状況を把握して次のトレーニングを効果的に行うことは現実にはかなり難しい。
現実として次のような問題がある。
スポーツの現場では,負荷後の回復程度の判定(疲労度のチェック)が難しい。回復過程のどの時点で次のトレーニングを行っているのかを判断する客観的指標も少ない。また体力は個人差が大きく,同じトレーニングでもその結果が異なる。
オーバートレーニングの状態やその症候群を臨床医学的に診断することが難しく,一般的に医療現場で行われる臨床検査では異常が見つからない場合がほとんどである。軽症や中等症では,その主な病態は運動中のエネルギー生産利用過程の障害と考えられるゆえ,一般的な医学検査で異常が見つかりにくくても不思議ではないと思われる。
競争が激化するスポーツ界では,強くなりたいと思うあまりに,負荷の強いトレーニングや長時間のトレーニングを繰り返してしまいがちである。これがオーバートレーニング症候群の原因であるが,競争が激化している現場ではできるだけ多くのトレーニングを効果的に行い強くなりたいという願いがあるのも事実である。この現実にしっかり対応するには,負荷をかけた後の回復過程をしっかり把握できるようにすること(回復状況の把握)が大切となろう。しかしながらこのトレーニング後の回復状況を把握して次のトレーニングを効果的に行うことは現実にはかなり難しい。
現実として次のような問題がある。
(1)スポーツの現場では,負荷後の回復程度の判定(疲労度のチェック)が難しい。回復過程のどの時点で次のトレーニングを行っているのかを判断する客観的指標も少ない。また体力は個人差が大きく,同じトレーニングでもその結果が異なる。
(2)オーバートレーニングの状態やその症候群を臨床医学的に診断することが難しく,一般的に医療現場で行われる臨床検査では異常が見つからない場合がほとんどである。軽症や中等症では,その主な病態は運動中のエネルギー生産利用過程の障害と考えられるゆえ,一般的な医学検査で異常が見つかりにくくても不思議ではないと思われる。
オーバートレーニング症候群とは,過剰なトレーニングの繰り返しでパフォーマンスが低下し,容易に回復しなくなった慢性疲労状態である,と先に述べた。つまりオーバーロードからの回復状況や疲労状態が確実に把握できればより確かな診断が可能となるが,この状態をチェックできる検査や手法が現状では不足している。
それゆえその診断にあたっては,“トレーニングすればするほどパフォーマンスが低下し慢性疲労の状態にあるという事実があり,内科的疾患が除外されれば,その疑いが濃厚となる”という非積極的な診断法に頼ってきた。
確かに疲労の本体は明らかでなく,積極的にこれを診断することはできないとされてきた。しかしトレーニングによって生じた慢性疲労状態は一般の疲労と違って,その原因がトレーニングにある。その結果としてパフォーマンスが低下して疲労感あるゆえ,労作中(パフォーマンス中)の状態をチェックできるCPXには意味があろう。このような観点からわれわれはこれを積極的に採用してきた。
同症候群は,パフォーマンスの低下や疲労など労作中の症状が主ゆえ,労作中の状態を的確にチェックできる検査法(運動中のエネルギー生産利用過程をチェックできる方法)はその状態把握に適している。CPXでは,有酸素運動系から無酸素運動系まで,運動能力とエネルギー利用状況などを的確に判断することができる。それゆえ診断から治療(運動処方)まで応用範囲が広く利用価値が高い。選手の多くが訴える症状は主観的なものである。診断は,症状や経過を参考にしながら,これを裏付ける客観的な医学的データに基づいて行われるものである。CPXは,検査さえ正しく行えば,effort-dependentではなく客観性があり,運動時の状態を的確に判断するのに優れている。一般的に行われる体力テストや心理テスト(POMS:profile of mood state など)は,effort-dependentであったり主観的であったりして今ひとつ客観性に欠けている。またこれをもとに治療のための具体的な運動処方ができないなど,総合的な観点からは難点も多いと筆者は考えている。
CPXを用いて診断治療した3症例を提示する。運動負荷はトレッドミルによるランプ法(7km/hの速度より開始,3分間ウォームアップ,以降1分間に1km/hの割合で速度アップ)で行った。
CPXからは,症例で示したように,運動中の多くの機能的な情報(Vo2max,AT,有酸素運動中のエネルギー利用状況,無酸素運動領域の代謝性アシドーシス代償能など)を得ることができる。そしてこれをもとに具体的な運動処方が可能となる。ただCPXはあくまで機能的検査であり,同症候群における身体の器質的障害の判定基準まではできない。それゆえこれについては,運動処方の効果(経過)をみて判断するしかない。症例3は,改善してくるまで長時間を必要としたが,この経過から考えると症例1,2より進行した状態にあったと推測された。
またその他に今回は提示していないが,1回目のCPXでよくなってしまう軽症例もある。CPXの直前までは,走れないと訴えるが,実際にテストするとそれなりに走れるケースである。走れたという自信と,「有酸素運動能に問題はない」というCPXの結果説明に安心して,精神的不安から開放され,この1回の検査だけでよくなってしまうのである。
また同症候群は多くの場合,程度の差はあれ精神的不安感をもっている。休養後にトレーニングを再開した場合,やはりパフォーマンスの低下や疲労感などがつきまとう。これが同症候群から回復しきっていないためか,休養後のdetrainingなのか判断できず,中途半端になってしまうケースも多いと思われる。CPXでは,いずれかは判断できないが,具体的にどの程度の運動が可能か判定して運動処方ができ,不安なくトレーニングを再開させることができる。
一般論として,低い有酸素運動能力の選手は一般的にトレーニング後の回復過程が遅いと考えられる。逆に有酸素運動能が高いほど回復過程も早く,同じトレーニングを行ってもより早く回復して超回復状態に到達する可能性が高い。ここでいう高い有酸素運動能とは,ATが高くしかもAT以下の呼吸商が低いということであり,Vo2maxの高いことのみに注目しているわけではない。
ランニングにおいては持久力はもとより,現代のように高速化を要求される時代では,より速い筋肉の能力を要求される。より速くてしかもより持久力のあることが求められている。この2つの異種のものを同時に求めるには十分な注意が必要である。速筋群は速くて力強いが疲れやすく疲労が抜けにくいこと,また持久筋はより強度の強いトレーニングを繰り返すと,持久筋本来の特性を失い疲れやすく疲労が抜けにくくなる可能性があること(今回の3症例でも認められた)は,忘れてはならない。いくら高速化を要求される現代においても,効果的なトレーニングのためにはこれらに十分注意すべきである。つまり速筋群へのトレーニングは適度な間隔をおいて行われるべきこと,耐久的スポーツの基礎となる持久筋のトレーニングは確実に継続して行うこと,であろう。持久筋の発達は疲労からの回復を早めオーバートレーニングの予防につながる。
もう一つ見逃すことができないのは,選手の性格である。今回の3症例ともそうであったが,オーバートレーニングの状態になりやすい選手はまじめな正確の選手に多い。まじめな選手ほど,指示通りノルマを達成しようとし,力を抜かないためであろうか。
起床時の心拍数が最も信頼できるといわれる。一般的に高い強度のトレーニングを多く取り入れる場合は疲労が強くなるにつれて心拍数が増加しやすい。今回提示した症例の中で症例2でははっきりしなかったが,症例1では80台/分,症例3では100台/分まで安静時の心拍数が上昇していた。改善するにつれて60台/分以下に低下した。また一定のトレーニング後の心拍数の回復状況をチェックする(数分間)のも有効である。疲労するにつれて回復が遅れるが,この現象は今回の全症例で認められた。
トレーニングの強度と時間に関しては多くの考え方があるが,基本は負荷と負荷後の超回復をいかにうまく組み合わせ,継続してトレーニングを行って競技能力を向上させていくかである。強度と時間の組み合わせを誤ると逆効果になってオーバートレーニングの状態に陥ってしまう。
ランニングでのオーバートレーニング症候群は,以下の通りである。
(1)駅伝に向けて主に高強度のトレーニングをしている場合は,同症候群になりやすい反面,交感性オーバートレーニングのタイプで症状もはっきり出やすく早期発見,早期治療につながる場合が多い。
(2)LSD的トレーニングでは,同症候群にはなりにくい反面,トレーニングの量が過度になった場合は徐々に進行するため,経過も長くなって副交感性オーバートレーニングのタイプとなり重症化していく可能性がある。
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