医療がサポートするメディカルフィットネス…スポーツ選手から生活習慣病の予防まで

医療とフィットネスの融合で健康の身体づくりを応援します!

コラム

《Dr.もん次朗84》西洋的発想と東洋的発想

2026/09/18

①では、私が感じている「何か欠けているもの」とは何なのか。

最近、それは「西洋的発想」と「東洋的発想」の違いと関係しているのではないか、と考えるようになりました。

西洋的発想――「分けて、調べる」

西洋的発想の大きな特徴は、物事を細分化し、一つひとつを詳しく分析することです。

全体をいくつかの部分に分け、それぞれを詳しく調べれば全体が理解できる。
そして、不十分な部分が見つかれば、そこを補強すればよい。
いわば、

「部分の総和が全体をつくる」

という考え方です。

この発想によって、科学も医学もスポーツ科学も飛躍的に進歩しました。
私たちは膨大な知識と情報を手にすることができました。

しかし、細分化が進めば進むほど、それぞれの「部分」は詳しく見えるようになる一方で、部分と部分がどのようにつながり、全体としてどう働いているのかが見えにくくなる危険性もあります。
情報は増え続ける。
専門分野はさらに細かく分かれていく。
しかし、それらを一つにまとめる力が追いつかない。

少し大胆な言い方をすれば、外へ外へと拡大しながら、全体としてはバラバラになっていく方向です。

エントロピーという言葉を比喩的に使えば、秩序が拡散していく方向とも言えるかもしれません。;つまり秩序が保てなくなる!

東洋的発想――「全体を整える」

一方、私が感じる東洋的、あるいは日本的な発想の背景には、常に「全体」があります。

一つひとつの部分だけを見るのではなく、

「全体のバランス、調和、つながりを大切にする。」

そして、その全体をまとめる”中心軸”、あるいは「柱」を重んじる。

西洋的発想が「外へ向かって広がる」方向だとすれば、東洋的発想は「内へ向かってまとめる」方向、と表現できるかもしれません。

進歩の速度は遅く見えるかもしれない。
しかし、中心となる軸を保ちながら、全体のバランスを崩さず変化していく。

エントロピー的な比喩を使えば、こちらは拡散したものをまとめ、秩序を保とうとする方向です。

では、どちらが正しいのか?

私は、どちらか一方が正しいとは考えていません。

西洋的発想だけでも不十分。
東洋的発想だけでも不十分。
むしろ、この二つがうまく共存するところに、最も良い状態があるのではないでしょうか。

複雑系理論には、

“Edge of Chaos”――「カオスの縁」

という考え方があります。

完全な秩序でもない。
完全な無秩序でもない。
秩序と無秩序の境界付近に、変化に対応しながら新しいものを生み出す、柔軟でダイナミックな状態がある。

私自身の「50%理論」的な表現をあえて使えば、

  • 東洋的な「まとめる力」50%
  • 西洋的な「広げる力」50%

そのくらいのバランスが、一つの理想なのではないかと考えています。

もちろん、この「50%」は数学的な数字ではありません。
どちらか一方に偏りすぎないことを表す象徴的な数字です。

そして、現代のスポーツトレーニングへ
私が心配しているのは、現代のスポーツ選手のトレーニングにも、これと同じことが起こっているように見えることです。

筋力を鍛える。
スピードを鍛える。
パワーを鍛える。
個々の筋肉を鍛える。
数値を測り、弱いところを見つけ、そこを補強する。

もちろん、これらはすべて大切です。

しかし、細分化された「部分」を強くすることに集中するあまり、
身体の中心軸はどうなっているのか。
全身がどうつながっているのか。
動き全体のバランスと調和は保たれているのか。

そうした視点が少し弱くなってはいないでしょうか。

部分を鍛える力と、全体をまとめる力。
外へ向かう力と、内側を整える力。

西洋的発想と東洋的発想。

スポーツトレーニングにも、この二つが必要だと思います。

どちらか一方ではなく、
“Edge of Chaos”――50%、50%くらいであってほしい。

30年以上、さまざまな選手の身体を見続けてきた今、私はそんなことを考えています。

≪つづく≫

Dr.もん次朗#84(9.18)

PAGE TOP