《Dr.もん次朗85》inner muscle から全身の連動へ
2026/09/19
②中心軸をつくる、inner muscle から全身の連動へ
では、「全体をまとめる力」とは何だろう?
私は長年スポーツ選手を診ながら、身体にも西洋的な「部分を強くする」考え方と、東洋的な「全体を整える」考え方があるように感じてきました。
現代のトレーニングでは、大胸筋、大腿四頭筋、ハムストリングス、殿筋など、それぞれの筋肉を評価し、弱ければそこを強化するという考え方が中心です。
もちろん、これは必要です。
しかし、人間は筋肉という「部品」を集めて作った機械ではありません。
実際のスポーツ動作では、個々の筋肉がバラバラに働くのではなく、足先から脚、骨盤、体幹、肩、腕、そして手先まで、全身が一つの流れとしてつながって動きます。
そこで私が重要だと考えているのが、身体の中心軸です。
inner muscle――身体の「柱」
私はここで、解剖学的な厳密な分類とは少し離れて、身体の深部を中心として姿勢を支え、身体全体の連動を助ける筋群を、一般の人にも分かりやすいように inner muscle と呼ぶことにします。
このinner muscleには、姿勢を保持しながら長時間働き続ける、持久系の筋肉としての性格があります。
私はこれを、身体の中心に一本の「柱」をつくる筋肉群としてイメージしています。
大切なのは、柱をガチガチに固めることではありません。
しなやかで、崩れにくい。
しかし、必要なら瞬時に動ける。
そんな中心軸です。
「強い身体」と「動ける身体」は同じではない
筋肉を一つひとつ大きくしていけば、確かに発揮できる力は増えます。
しかし、それだけで身体全体がうまく動くとは限りません。
むしろ、それぞれの部分が強くなりすぎ、それぞれが自己主張を始めれば、身体全体の動きがギクシャクすることさえある。
オーケストラにたとえれば、一人ひとりの演奏家の音量を大きくしても、良い音楽になるとは限らないのと同じです。
必要なのは、それぞれの力を一つにまとめる「指揮者」です。
身体では、その役割の一部を担っているのが、中心軸と全身の連動なのではないか、と私は考えています。
古武術の「居着かない身体」
ここで思い浮かぶのが、日本の古武術です。
古武術では、力任せに身体を固めることを良しとしません。
中心は保たれている。
しかし、身体は固まっていない。
どの方向にも動くことができ、相手や環境の変化に応じて瞬時に身体全体が変化できる。
いわゆる「居着かない」身体です。
私は、この状態を現代的な言葉で表現するなら、
Dynamic Stability(動的安定性)
と呼べるのではないかと思っています。
「安定」と「不安定」のどちらかではない。
安定していながら、いつでも不安定側へ動ける。
そして崩れても、すぐ新しい安定点を見つけられる。
ここにも私は、複雑系理論の Edge of Chaos と共通するものを感じます。
中心軸があるから、末端が自由になる
スポーツでは、腕や脚の速さに目が向きがちです。
しかし私は、末端を速く動かそうとする前に、まず身体の中心が整っていることが重要ではないかと考えています。
中心軸が安定しているからこそ、肩や腕は自由に動ける。
骨盤が整っているからこそ、脚は自由に動ける。
つまり、
中心が安定するほど、末端は自由になれる。
これは一見矛盾しているようですが、スポーツの優れた動きを見ていると、むしろこの状態が自然に見えます。
力んでいないのに速い。
大きな筋力を誇示していないのに強い。
動いているのに軸が崩れない。
そういう選手です。
#山本由伸選手 を見ていて感じること
最近、山本由伸選手の投球やトレーニングを見ていて、私はこのことを改めて考えます。
彼のトレーニングには、単に特定の筋肉を大きくするというより、柔軟性、バランス、身体の中心、そして全身のつながりを大切にしているように見えます。
投球も、腕だけで投げているようには見えません。
足元から骨盤、体幹、肩、腕、そしてボールへ。
身体全体を一つの流れとして使っている。
そこには現代的なスポーツ科学だけではなく、日本に昔からあった身体の使い方に通じるものがあるように感じています。
もちろん、外から見ている私の個人的な印象にすぎません。
「部分を鍛える」から「全体を育てる」へ
私は、筋力トレーニングを否定しているわけではありません。
outer muscleも必要です。
大きな力も必要です。
瞬発力も必要です。
しかし、それらを生かすためには、その前に身体全体をまとめる基盤が必要ではないでしょうか。
私なりに単純化して表現すれば、
- inner muscleで中心軸をつくる。
- 中心軸を基盤として全身をつなぐ。
- 全身の連動によってouter muscleの力を生かす。
- 末端へ無駄なく力を伝える。
↓
↓
↓
という順序です。
強い部分をたくさん作ってから、それらを後でつなぎ合わせるのではない。
まず全体を整え、その全体の中で必要な部分を育てる。
ここが、私が考える「東洋的なトレーニング」の一つの姿です。
50%、50%でよい
だからといって、☆西洋的な筋力トレーニングを捨てる必要はありません。
科学的分析も必要です。
筋力も必要です。
スピードもパワーも必要です。
しかし、それと同じくらい、
中心軸、バランス、全身の連動、柔軟性、そして「居着かない身体」を育てることも大切なのではないでしょうか。
部分と全体。
outerとinner。
力としなやかさ。
安定と変化。
西洋と東洋。
どちらか一方ではなく、その間にあるところ。
私の言葉で言えば、やはり**50%、50%**です。
完全な秩序でも、完全なカオスでもない。
Edge of Chaos――そこに、人間の身体が最も自然に、しなやかに、そして強く動ける領域があるのではないか。
30年以上、さまざまなスポーツ選手の身体を見てきて、最近ますますそんなことを考えるようになりました。
≪つづく≫
Dr.もん次朗#85(9.19)








