《Dr.もん次朗19》「ミランの手」遠藤友則(小松孝著)紹介11
2026/03/31
「ミランの手」遠藤友則(小松孝 著)より一部抜粋(遠藤氏より許可をいただいております。)
ミランの手、11回目です。
-------------
11)
痛いということは~
長崎との出会いは1992年、日本サッカー協会から、清水エスパルスの各選手のVO2MAX(最大酸素摂取量)の数値を提出するよう求められたことがきっかけだった。
遠藤は、そのときの印象をこう話す。
「(長崎は)サッカーについては素人でしたが、先生ご自身がトライアスロンをこなすアスリートなだけに、理論と実践の両面からスポーツ医学を研究されていて、「データからだけでは分からない部分がたくさんあるので、実際に選手たちのプレーを見てみたい』と、清水エスパルスの練習場にすぐに足を向けた行動力もさることながら、先生がグラウンドで話すひと言ひと言に本当に驚かされて、サッカーひと筋でやってきた私や武(大木)が、思わず顔を見合わせ、何度も大きくうなづいてしまったのです」
例えば、伊東輝悦(現AC長野パルセイロ、元日本代表)は試合中、彼の特徴でもあるセンターサークル付近から相手ゴール前まで鋭いドリブルで一気に攻め上がるプレーをしばしば見せながら、最後の力を振り絞ってフィニッシュまで持ち込もうとすると、シュートがゴールマウスを大きく外れてしまうことがよくあった。そのため、コーチ陣は、伊東に対してシュートの正確性を期すための練習の必要性を説いていたが、長崎は、まったく違う角度からそのプレーを見据えていたという。
「精度をいたシュートになってしまうのは、技術的な問題ではなく、急なダッシュをしたあと、息切れしながら打っていることに原因があって、それは単にフィジカルの問題です」と、あっさり片付けてしまったのである。そのため「彼は、ローパワーを鍛えるトレーニングをすることによって、今のようなシーンでもシュートの精度が格段に上がるはずです」と具体的な理論を遠藤らに説明したというのである。
そうかと思えば、呼吸代謝のテスト(CPX)を終えたあと、「この選手は、こんなにもフィジカルが強いのに、なぜ中盤に置いておくのでしょうか。もったいないじゃないですか。これだけフィジカルが強かったら、サイドバックにして、もっと長い距離を走らせればいいのに。おそらくこの選手は、ゴールラインから反対側のゴールラインまでの長い距離を、軽々と何往復もできてしまうでしょう。ほんとにもったいない気がします」
遠藤が、“なぜならば”とか”どうしてか”、あるいは”そもそもは”と言った枕詞を多用するが、そうした物事の本質論にこだわるようになったのは、長崎からのアドバイスによるところが大きいに違いない。
伊東に話を戻すと、彼はその後、長崎からLSDトレーニングの指導を受け、元来の真面目な性格が後押しする形でこの訓練を始め、それ以来、20年以上にわたって毎日かさず黙々とこなすようになっていったという。もちろんそれだけが理由ではないだろうが、伊東は、J1での出場試合数が500試合を超えるなど、輝かしい実績を残している。
清水エスパルス医療の立ち上げに大きく貢献した三神医師が「遠藤君は、一時帰国の忙しいときでさえ、その合間を縫って「あそこ(日本国内の治療院)の先生がいいらしいぞ」という噂を耳にすれば、すぐに訪ねてみるように、好奇心が旺盛で、行動力があって、とにかく研究熱心ですよね」と、遠藤の内側の隅々にまで尊敬の眼差しを向けるように、遠藤はその昔、センターフォワードとして培った勘が働くのか、「これは!」と思ったものへの反応が実に早い。
そらからというもの、毎週のように遠藤と大木、それに三神も加わり、大木が当時住んでいたマンションや近くの飲食店などで長崎学校が繰り広げられていったのである。こうして“長崎理論”で武装した遠藤はその後、サッカー大国である欧州に活躍の場を移すことになったが、イタリアは言うに及ばず、ウクライナ代表、グルジア代表、そしてガーナ代表でも、遠藤には常に高評価がつきまとうようになっていったのである。
-------------
≪つづく≫
Dr.もん次朗#19(3.31)






